東北産を買おう。食べよう。 東北に行こう。 東北の経済活動を応援します。最近始めたプロジェクト『おちゃっこ隊』の活動も紹介しています。

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日本と自然とを考えてみたりする

地理は得意ではないのだけど、自分の勉強も兼ねて。。。
日本と自然を数字で考えてみました。

日本の国土は世界の陸地総面積の0.25%、世界で62位の大きさ
地球の陸地の割合は地球の表面積の約29.1%
日本が地球に占める割合は僅かに0.07%

日本の国土の73%が山地
活火山数は世界全体の7.1%
地球上で起こる全地震の10%が日本に集中
マグニチュード6以上に絞ると、過去に起きた世界の地震のうち20.5%が日本で発生

台風は年間平均26個発生
40%以上が日本から300km以内に接近、10%が日本に上陸


語学留学をしていた頃、自然災害をテーマにした授業がありました。
自然災害の英単語をあげ、内容を説明し、次に自分の国にあるものを考えるというもの。

地震、台風、ハリケーン、竜巻、雪崩、火山、洪水、津波、干ばつ、雷・・・・

その時に気づいたことは、日本にはほとんどの自然災害があるということ。
実は意外と過酷な環境にあるんだなと。
日本を出る前は、地震も台風も当たり前すぎてそんなこと考えたこともなかった。

それだけ多くの自然災害があるということは、それだけ豊かな自然に
恵まれていることの裏返し。自然の恩恵と脅威はいつも背中合わせだから。
日本人はずっと昔から、自然と密接に生活してきたんだということ。
そんなことを改めて感じていました。


例えば、三陸の海岸は、リアス式の入り組んだ地形が、美しい景色と
美味しい海の幸を豊富に与えてくれていた。
だけど、その地形がゆえに、今回の震災のようにひとたび自然が猛威を奮うと、
大きな津波を引き起こすことにも。。

台風だって、農作物などに大きな被害をもたらす反面、重要な水源にも。
日本にある一級河川の数は約14000、二級河川・準用河川も加えれば約35000
この川がなくなったら、森も山も田畑も何もなくなってしまう。


太陽も雨も雪も風も、海も川も山も大地も、あらゆる自然に守られ助けられ、
時々恐れも抱き、崇め感謝しながら、私たちのご先祖さまは生きてきた。
そう考えると日本には八百万の神様がいるのも納得。


そして、日本の自然と一緒に生きてきたのは、人間だけでなく動植物もまた同じ。
日本は動植物の宝庫。
「生物多様性ホットスポット」と呼ばれる絶滅危惧種が多く生息するエリアがあり、
地球の陸面積の2.3%の場所に、全世界の植物・鳥類・哺乳類・は虫類・両生類の
60%が存在していると言われています。
世界で34箇所あるホットスポットの一つが日本です。

地球上にいる動物130万種、日本には5万種
世界30万種の植物、日本には6000種(1万を超えるという説も)
そのうち日本固有種(日本列島だけに分布する植物)2500種
世界の魚の種類は約3万種、日本近海に生息するのは6.7%の2000種
バクテリアから哺乳類まで合わせた全海洋生物種数約23万種の14.6%にあたる
33000種以上が、全海洋容積の0.9%にすぎない日本近海で出現

これらの数字は複数のサイトから拾ってきたもので、一部間違っているかもしれません。
ただ、国土面積に対して、かなり多くの種類の生物が生息していることは一目瞭然です。


最後にもう一つ数字の話。
全世界の原発の約13%が日本にあります。アメリカ、フランスに続く世界第3位の数。

世界の0.25%しかない小さな土地で
大きな地震の2割が起きていて
13%の原発がある
という事実


そこに起きた東電の原発事故。
東電も政府も被害者的に振舞っているけれど、
地震や津波はトリガーであって、事故の本当の原因ではないこと。
放射能を空にも海にも流し続けている日本という国が
今では世界で加害者という立場になっているということ。
この先ずっと、今の子どもたちとその子孫が
その被害を受け続け、責任を負っていくことになること。

日本における原発のあり方。
世界における日本のあり方。
今だからこそ真剣に考えたい。


テクノロジーも、生産性を上げることも、経済を回すことも、もちろん重要だし、
私たちの生活がその上に成り立っていることもまた事実。

だけど、絶対に忘れてはいけないのは、日本は自然に生かされていた土地だということ。
そのことは、これから私たちの生活がどれだけ変わったとしても、変わらないはずだし、
変えてはいけないんだと思ったりしています。

祈りのツリープロジェクト(2)福島の現状

ユニセフの活動と福島の現状について。

● ユニセフと幼稚園支援

震災後、義務教育の小中学校再開に向けては、行政が早い段階で取り組んでいましたが、
義務教育ではない幼稚園・保育園は後回しにされ、再開に時間がかかっていました。
一方で小さい子どものいるお母さんたちは、保育園に預けることもできないので、
家や瓦礫の片づけなども手がつけられない状態だったそう。
また、支援イベントも小中学校で行われることが多く、幼稚園・保育園向けの
イベントはあまりなかったと聞きました。
そんな中で、ユニセフは幼稚園や保育園など未就学児の支援にも力を入れており、
この祈りのツリープロジェクトは、そういった活動の延長線にあります。


● 福島ユニセフの活動

福島に関しては、原発事故の影響で、岩手や宮城とは全く違う状況に置かれていました。
他県で学校再開に向けての文房具支援などが始まっていく中で、福島県では人口の移動や
流出が大きく、行政でさえも、どこに何人いるのか、どれだけの人が移動しているのかが
把握できておらず、通常の支援をすることができなかったのだそう。
代わりに、福島ユニセフでは、福島独自のプロジェクトを立ち上げています。

一つは「外遊びプロジェクト」。
外で遊べない幼稚園や保育園のこどもたちを、放射線量の低い場所に連れて行って
思いっきり遊んでもらおうというもの。
7月~11月までに参加した園児と保護者は延べ4万人。今後も再開する予定だそう。

もう一つは「未就学児の心のケア」。
小中高には文化省からのスクールカウンセラーがいるが、未就学時に対してはいない。
そこで、県の臨床心理士とパートナーを組み、お母さんや乳幼児の定期検診時に
一緒にカウンセリングを受けられるようにしたとのこと。
この活動は福島だけでなく、岩手や宮城にも広がっていきました。


● 福島県の現状

震災前に200万人以上いた人口が190万人に減っていて、県外への人口流出も拡大。
12/8時点で避難している人の数は、15万人(うち9万人が県内、6万人が県外へ)で、
県外への避難数は毎月増えています。
県内に建てられた仮設住宅のうち、2割はまだ入っていないのだそう。

県外避難者の数
10/10発表(9/21時点) 56,469人
11/10発表(10/20時点) 58,005人
12/10発表(11/20時点) 60,250人

ちなみに、この日の福島市の線量は1.21マイクロシーベルト。


● 園長先生のお話

震災前200人いた園児が今は160人になり、休んでいる子もいるのだそう。
広い園庭と裏山があり、ミニアスレチックのような遊具もあって、自然の中で元気に
伸び伸び過ごせる環境だったのが、今は外で遊ばせることができない。
裏山にあった木も、放射線量を減らすために一部伐採したとのこと。
福島県の子どもたちの体力は落ちていて、体重も減っているそう。体力の低下が、
これから先に知力の低下につながるのではと、園長先生は心配していました。


私たちが行った日も、子どもたちはみな室内でもマスクをしていました。
ユニセフの活動の基本は「普段の生活の中で普段のことができること」だそう。
福島の子どもたちを見ていると、この言葉の重みをずっしりと感じます。
マスク無しで生活できて、お友達と外で思いっきり走りまわったり、泥んこになったり、
芝生に寝転んだり。食べ物も好きなものが食べられる。
そんな当たり前のことができる「普通」の日が早く戻って来てほしい。


今週のニュースでは、帰還困難地域の設定の話も。
チェルノブイリのように住民が二度と戻ることのできない地域がでるかもしれないと
予想はしていたものの、「帰還困難」という文字を現実に見ると、とても心が痛みます。
そして、東電の発表した工程表。福島第一原発の廃炉まで最長40年。
40年という時間は長すぎる。今回幼稚園で出逢った子どもたちは働き盛りの40代、
そして彼らの子どもたちが間もなく社会に出ようという年齢に。

廃炉まで40年以上かかるかもしれないし、放射能の影響なども考えると、福島の人たちは、
これからきっと100年以上も、この厳しい現実と直面していくことになるのだと思います。
私たち大人の傲慢から起きた事故は、4、5世代後の(もしかするともっと先の)
子どもたちにまで、大きな重荷を背負わせてしまう結果になってしまったことが悲しい。
とにかく今はまず原発事故の早期の収束を切に祈るばかりです。

祈りのツリープロジェクト(1)福島の幼稚園に行ってきました

ユニセフの祈りのツリープロジェクトで、福島県の幼稚園に行ってきました。

祈りのツリープロジェクトは、今回のツアーにも同行されていた福島先生を中心に
デザインの力で子どもたちに笑顔を届けたいと、デザイナーさんやクリエイターさんが
立ち上げたプロジェクト。クリスマスに向けオーナメント制作から始まりました。
全国2000人以上のアーティストさんや美大芸大の学生さんたちから寄せられた沢山の
オーナメントは、仙台と気仙沼の復興横丁、都内は銀座三越ほか銀座周辺に出現した
ビッグツリーに飾られています。ビッグツリーはそれぞれどれも雰囲気が違うのだそう。

そして、プロジェクトの集大成として、現地の子どもたちに”直接”笑顔を届けようと
企画されたのが、今回のクリスマス会。幼稚園で一緒にオーナメントを作ります。
参加の募集を見つけた時には、「子ども」と「福島」という2つのキーワードで即決でした。


参加者は、美大芸大の学生さん、デザイナーさん、ナレーターさんや俳優さんまで、
ジャンルも様々。たくさんの素敵な人たちに出逢えました。
こんな風に普段の生活では関わることのない人と出逢えたり、繋がっていけたりするのは、
すごく嬉しい。それに、集まる人たちは思いが一つだから、年齢も職業も関係なくて、
初対面でも自然とすぐにチームになってしまうのがスゴイ。


当日は福島市内の5つの幼稚園と保育園に分かれての活動。
私たちのグループが向かったのは160人の園児が待つ幼稚園。
最初に全員集まって挨拶をすると、クラスに分かれてのオーナメント作りへ。
年長さんはちょっと難易度の高いトナカイとボール、年中さんはブーツとハウス、
年小さんは一番簡単なツリーのオーナメントを作ることに。

私は年小さんの担当。教室に入って行くと、もうみんなソワソワ。
子どもたちのキラッキラした目で、何が始まるんだろうとじーっと見つめられたら、
少し慌ててしまって、肝心な自己紹介も忘れてしまった。失敗。。。

まずは台紙から外してオーナメントを組み立てる。子どもたちも真剣だけど、
教える方も真剣。なぜって、私も作り方を前日に習ったばかり。責任重大です。
無事にツリーのオーナメントが完成。ほっ。子どもたちはみんな「できたー」と嬉しそう。

カラフルなマジック、サインペン、クレヨン、色えんぴつを机に並べると、ここからは
子どもたちの得意分野。マジックの全部の色を使ってカラフルに仕上げる子、
グリーンのクレヨンだけで丁寧に塗っていく子、色鉛筆で丸をいっぱい書いて飾りが
いっぱいの可愛いツリーに仕上げる子、どの子もちゃんとこだわりがある。
星のシールも貼って完成させたら、自分のオーナメントを自慢げに見せてくれる。

みんなで講堂に置かれたツリーに、作ったばかりのオーナメントを飾り付け。
とっても素敵なクリスマスツリーができました。
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集合写真を撮って、いよいよクリスマス会も終盤。
後は挨拶をして帰るだけと思っていたら、最後に予想もしなかったサプライズが。
子どもたちから私たちへのプレゼント。お礼の手紙をもらい、首飾りもかけてくれて、
全員で「本当に本当にありがとう」の歌をとっても大きな声で歌ってくれました。

このサプライズがすごくすごく嬉しかったのと、それと同時に、室内でもマスクをし、
外で遊べない子どもたちが、本当に楽しそうに笑ったり歌ったりしているのを見ていたら、
色々な思いが駆け巡り、涙が溢れて止まらなくなって号泣。。。
ホントは笑顔で帰ってくるはずだったのに。
このブログを書きながらも、また思い出して涙目になってしまう。

私たちが幼稚園を出る時には、あちこちの教室から飛び出してくる子たちや、
窓からもたくさんの顔が覗いていて、みんなみんな、私たちが見えなくなるまで、
一生懸命バイバイと手を振ってくれるから、また泣いてしまいそうで、
自ずと足早に少し逃げるように帰ってきちゃいました。

たくさんの子どもたちの笑顔と元気をもらって、とても幸せな時間が過ごせました。
またみんなに会いに行きたい。

今回このプロジェクトに参加できたこと、福島先生やユニセフのスタッフさん、
幼稚園の園長先生や先生がた、子どもたち、一緒に活動できた個性的でステキな仲間たち、
全ての人に感謝です。本当に本当にありがとう。


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子どもたちに貰ったお礼の手紙と首飾りは、ずっと大切にしたい。

ライフカフェ@気仙沼

久しぶりにエコツーリズムネットワーク主催のライフカフェへの参加です。
場所は、先月のワンデーカフェでも訪れた気仙沼 小泉地区の仮設住宅。
天気も良く、たくさんの方が足を運んでくださいました。中には、ライフカフェを楽しみに
待っていてくれた人や、私たちの顔を覚えていてくれた人もいて、とても嬉しいです。

今回のライフカフェのメインイベントは、三線のミニコンサート。
歌と踊りで盛り上がりました。特に、宮城県の民謡「大漁唄い込み」は、地元の方に
とても馴染みのある歌で、たくさんの方が一緒に歌われていました。
音楽があるだけで、その場の雰囲気が和らいだり、一体感が生まれたり、言葉が無くても
コミュニケーションが成り立つ音楽の力、やはりスゴイです。

足湯はいつもながら大人気。
男性メンバーに肩もみしてもらうのを楽しみにしているお母さんもいます。(笑)
そして、足湯をしている人もしてない人も次第に人が集まって、いつの間にか
井戸端会議のように話が始まるのが面白いです。

お茶やお菓子も、音楽も、足湯も。仮設住宅の人たちに寛いでもらうだけでなく、
住民同士が集まる機会になっているんだなと感じます。

帰りのバスの中での感想タイムで、印象的だったのがMちゃんのコメント。
お昼に再度お宅を回って呼びかけをした時の話。午前中カフェに来ていなくて、でも何となく
来たそうに落ち葉拾いをしていたおばあさん。声をかけると、恥ずかしくて行かれないと
言っていたそう。それでもMちゃんが大丈夫だからと伝えると、Mちゃんにしがみつきながらも
一緒にライフカフェまで来てくれました。そしてカフェにはその方の知り合いが偶然いて、
お互い同じ仮設住宅に入っていたことすら知らなかったという事実が判明。

仮設住宅に移ってかなりの日数が経ってるにもかかわらず、ほとんどお家から出ず、
周りに誰が住んでいるかも知らないといった方も少なくはないはず。
呼びかけに回った時にも、無表情でささっと引っ込んでしまう方もいます。

おちゃっこ隊の活動もそうですが、私たちが行くことが住民と住民とを繋ぐきっかけに
なればと思います。そしてMちゃんのように、来たいけど来れない人に来てもらえるような、
更には興味のなかった人も来てくれる、そんな働きかけをしていけたらと思っています。

牡鹿半島で民家の清掃お手伝いをしてきました

土曜日にボランティアバスのレーベン号で牡鹿半島に行ってきました。
おちゃっこ隊の芋煮会の時にプランター隊として活躍されたKさんが頻繁に参加していて、
その繋がりで今回参加することになりました。私にとっては6月以来2回目の肉体労働系です。

レーベン号は4月末から毎週末走っていて、今回がなんともう23回目だそう。
今までの活動場所は、陸前高田、気仙沼、南三陸、石巻、東松島、牡鹿半島など。
現在毎週2台運行されていて、陸前高田行きが年内は12/24まで決定、牡鹿半島行きは
冬の道路の凍結が懸念されるため今回が今年最後の便で、今週末からは南三陸に向かいます。

金曜日の夜に東京を出発し土曜日に作業して、日曜日の朝に東京に戻ってくる夜行日帰りの
ハードなスケジュールですが、帰りに道の駅でお風呂に入ってリフレッシュでき、
帰りのバスでは爆睡でした。。。レーベン号はリピーターの方が多くて、現場での雰囲気も
チームワークもとても良く、初参加の私も気負うことなく参加することができました。

今回は、牡鹿半島の小淵浜の個人宅の清掃のお手伝い。
津波の被害を受けてそのままの状態になっていた家を、中にあった家財道具や小物、
畳など全て外に出し、きれいに掃いて床板が見える状態までにします。
そのお宅の想い出を感じさせるものがたくさん残っていて、それを廃棄するのはとても
悲しい作業です。でも、逆にそのご家族が自分たちで捨てることを考えたら、もっと辛いに
違いなく、こういうお手伝いもボランティアができることの一つかもしれません。
このお家は取り壊す予定だそうですが、家らしい姿に戻せたことがせめてもと思います。

しかし、今回みんなで1軒のお宅をキレイにするという目標は達成することはできたけど、
大人40人が1日かかって1軒しかできないんだと思うと、津波被害の大きさと一人の人間が
できることの小ささとを、つくづく思い知らされます。

牡鹿半島は石巻市に属しているのですが、石巻の中心部にあるボランティアセンターでは
手が届いていないエリアです。震災から既にもう8ヶ月も経とうとしている今でも、
今回のお宅のように手つかずになっている家もあります。

鮎川浜にある牡鹿ボランティアセンターは、正規のボランティアセンターではなく、
委託されたボランティアセンターで、運営スタッフも完全にボランティアの方々だそう。
ボランティアセンターが入っている公民館は、1階部分が津波で流されていて、
残った2階部分でボランティアの受付をしたり、スタッフが寝泊まりをしています。
天井は落ちそうな状態で、階段の手すりも流されています。
つい少し前まで電気も通っておらず、外に発電機を置いて作業をしていたと聞きました。
食べ物や物資も十分にあるわけではなく、スタッフさん達の環境も過酷です。

牡鹿は、これから冬が来て道路が凍結すると孤立してしまい、もともと少なかった
ボランティアがますます減ってしまいます。これからの寒い冬を考えると心が痛みます。

被災地の中には、少しずつ町が片付いて商店や工場が再開している場所がある一方で、
牡鹿のように取り残されている地区もあります。

被災地の格差は震災直後からあちこちにありましたが、それがどんどん拡大&複雑化
しているように思います。地理的な要因によるもの、行政によるもの、町の規模によるもの、
仮設住宅の位置や規模によるもの、家の壊れた状態によるもの、仕事によるもの、
その他様々な要因があるのだと思いますが、一人ひとりそれぞれ異なる状況になっています。

どっちが酷いとかそういう話ではなく、みんな大変な思いをしています。
被災地はどこも復興と言える段階ではなく、ほとんどの方が避難所から仮設住宅に移って、
自宅の方は家の片付けや修理が進み始めた、ようやくそのくらいです。
仕事がない方もたくさんいます。まだまだ色々な形での支援が必要です。
ただ、これだけ格差が広がり現地のニーズも多様化している中、支援する側にとっても
本当に必要な所に必要なものを届けていくことは、すごく難しい課題だと思います。


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今回乗ったレーベン1号。側面を埋め尽くしているのは現地の人のメッセージ。

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到着した朝の牡鹿半島の海。靄がかっていてすごく幻想的でした。

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穏やかな海とその反対側に広がる光景。そのギャップが辛くて涙が出そうでした。

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牡鹿ボランティアセンターのある公民館。1階部分を津波が通り抜けています。

3度目のライフカフェ @石巻

帰ってきて2週間が経ってしまいましたが。。

8月6日~7日にライフカフェのツアーに参加してきました。
4月、6月に続き、私にとっては3回目のライフカフェ参加です。
今回訪れたのは、石巻の渡波(わたのは)小学校。まだ100人以上の方が避難されています。

避難所によっては、自宅避難(水道・電気・ガスが止まっていても)の人や
仮設住宅に入った人に対し、炊き出しや支援物資を配らない避難所もあった中、
渡波小学校はいち早く、近所の住民もみんなが被災者だからと、誰もが炊き出しに
並べるように解放したのだそう。
そして、現在炊き出しは、被災者自身が行っているそうです。

渡波では、Tシャツ(このアイロンプリントもまた被災者がやってます)やバッチ、
エコバック等のワタノハグッズを販売し、その売上げから、炊き出しの材料を調達したり、
仮設に移った方には、自分で材料を買ってきて料理ができるようにと、
「調味料セット」をプレゼントしています。
食材ではなく調味料というところがニクイですね。
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ワタノハスマイル バッジ。他にワタママとワタパパもあります。

*ワタノハグッズは、ワタママスマイルのHPから購入できます → http://watamamasmile.com/

また、ワタノハスマイルというプロジェクト。
渡波の子どもたちが瓦礫で作ったオブジェ。震災直後にも関わらず、子どもたちの作品は、
伸び伸びとしていて、元気を与えてくれる気がします。やっぱり子どもの力はスゴイ。
現在このオブジェは、全国を回っています。
私たちが行った時には仙台で展示中で、見られなかったのが残念です。

*ワタノハスマイルのHPはこちら。展示スケジュールも確認できます。
http://www.watanohasmile.jp/

炊き出しを自分たちで行うことにしても、仮設に入った人に調味料をプレゼントすることも
生活者として一歩前に歩き出す為の、とてもステキな支援の形だと思います。
こういった取り組みが、渡波の良い空気感を作っているのかもしれません。


ライフカフェに関しては、私たちが行く前に、既に企業によるライフカフェが5回に渡って
渡波小学校で実施されていたので、カフェに来られる方には常連さんもいて、
開始時間にはたくさんの人が集まってくれていました。
皆さんとっても楽しみに待ってくれていたのが分かります。
何が始まるんだろうという雰囲気が全くなく、とてもやりやすい環境でした。

避難所の方にとっても「また来てくれること」や「顔なじみの人がいること」は、
嬉しかったり安心感だったりに繋がるんだと思います。以前から思っていたことですが、
同じ場所で継続していくことの重要さを改めて再認識した気がします。

私にとっても、同じ場所に何度か足を運ぶことで、町並みが少しキレイになったとか、
お店が再開しているとか、避難所の状態が良くなったとか、前回会った方が元気だったとか、
そういった比較ができ、様々な変化を自分の体験として(人から話を聞くだけではなく)
もう少し実感できるように思います。


ライフカフェは、いつものようにテーブルやイスを設置して、お茶の用意。
みんなが持ちよったお菓子を並べ、メニューボードも作ります。
もちろん鳴子の温泉の足湯やマッサージもあります。
今回の参加者の中には、手品やバルーンアートがとても得意な人がいて、
子どもはもちろん、大人も大喜びでした。

何度かライフカフェに参加してきて感じたことは、バルーンアートや手品など
パフォーマンス的なものは、みんなが楽しめて、場の雰囲気が和むので、
コミュニケーションを取るのに、とてもいいアイテムだということ。
そして、足湯やマッサージは、身体が緩むことで緊張が解けて、とても話をしやすい
環境ができるみたいです。


この日は、とても暑く30度超えの気候。
数日前には夜は冷え込んですごく寒かったと言っていたので、この寒暖の差、
特に冷暖房が整っていない避難所は、かなり厳しい環境だと思います。

冷房や扇風機もない教室は、動き回っていると滝のような汗が流れます。
唯一の頼りの団扇の風がとても気持ちよかったです。

同じ日には、芸大の生徒さんが似顔絵を描いていたり、プロのマッサージ師さんも
来ていました。マッサージは、ベッドも持ち込み本格的なものでした。

また、福井県あらわ市のスイカが配られていたのですが、なんと大型トラックいっぱいに
スイカ240個を積んで、3ヶ所の避難所を回っていたそう。
渡波が2ヶ所目で、この後もう1か所届けると仰っていました。

近くに住む方で、今回初めてライフカフェに来たという男性は、大きなスイカを丸ごと
もらって、家族が多いからみんなで食べると、とても喜んで持って帰っていました。

とても嬉しいことに、このあらわ市のスイカ、私たちも頂くことができました。
汗をたくさんかいた後のスイカは、甘くって美味しくて、疲れが一気に吹き飛びました。


私たちのバスが出発する時には、カフェに来てくれた方々が暑いのに外まで出てきて、
ニコニコ手を振って見送ってくださいました。
みなさんこれから仮設に移っていくとは思いますが、あの笑顔にもう一度会いに行きたいです。
元気を届けにいくはずのライフカフェ、またもや元気を貰って帰ってきてしまいました。

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