東北産を買おう。食べよう。 東北に行こう。 東北の経済活動を応援します。最近始めたプロジェクト『おちゃっこ隊』の活動も紹介しています。

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Buy Fukushima Eat Fukushima

こんな時だから、東北産を買おう。食べよう。
今回の地震でニュースからこぼれてしまっている宮崎も。
そんな地域の経済活動に少しでも繋がるきっかけになれたらと願って
東京近郊の「ここで買えるよ」「ここで食べれるよ」と
産地直送「ここで買えるよ」を紹介していきたいと思っています。

東北や宮崎の特産品が買える&食べれる、首都圏のお店の情報、
現地で頑張ってる配送可能なお店の情報などなど、ぜひお知らせください。
Buy Tohoku, Buy Fukushima, Buy Ibaraki, Buy Miyazaki

情報が増えてきたので、Indexページを作りました。
【Index】おちゃっこ隊の活動
【Index】東京のここで買えるよ&食べれるよ
【Index】東京でイベントやってるよ
【Index】産地からお取寄せできるよ
【Index】やっぱり東北へ行こうよ
【Index】こんな支援もあるよ
【Index】ひとりごと & ボランティア活動報告
【Index】福島の方へ  子どもキャンプ情報などの紹介
【Index】原発と放射能について(リンク集)


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タイトルにあえて福島を掲げた理由は
1. 個人的に福島が大好き
2. 福島の復興の遅れが心配
3. 東京の人こそ福島支援してほしい

1番目の個人的理由。
私は小さい頃から福島のお米を食べて、りんごや桃を食べて、
野菜もいっぱい食べて育ちました。
福島で育ってはないけど、福島に育てられたってくらい。
福島には美味しいものが、本当にたくさんあります。
それが食べれなくなっちゃうなんて我慢できない。。

2つ目。
福島は、原発事故の影響で、復興が大幅に遅れています。
それどころか、さらなる3次4次被害が拡大している状況。
中長期的な経済的ダメージを考えると、福島を応援せずにはいられません。

3番目は、福島の原発は首都圏の生活のために作られたものだから。
東京電力の原子力発電所のある、福島第一(6基)、福島第二(4基)、
新潟柏崎(7基)、そして建設計画の進められていた青森東通、
いずれも東京電力の供給エリア外の県です。

※YouTubeの動画は、アップした頃からあまりにも状況が変わってしまったために
一旦削除しました。延べ1800人以上の方に見てもらえたことに感謝です。
否定的なコメントもありましたが、少なくともその人たちも見てくれていて、
ファクトを伝えるという目的は達成できたと思っています。


福島を応援していると、「子どもを被ばくさせないで」というコメントも頂きますが、
私は決して「放射能に汚染された食べ物を食べよう」は進めてはいません。
福島は全国で3番目に広い都道府県ですから、福島のもの全てが放射能に
汚染されているわけではないですし、食べ物以外の応援の仕方もあると思うのです。
(原発の収束が遅れれば遅れるほど更に放射能の範囲が広がる可能性はあります。)

放射能は特に子どもに影響が出やすいと言われていますので、小さなお子さんが
いらっしゃるご家庭で、食べないという選択をすることも、親としては当然だと思います。
また、福島で生活されている方々は、空気、水、土、あらゆるものから影響を受けますので、
僅な量でも(暫定規制値内であっても)放射性物質が検出された食品を食べ続けることは、
決して安全なことではありません。


「東北を買おう・食べよう」は、無理にやるものでも、ブームだからやるものでもなく
気に入ったものを買ったり、美味しく食べたり、楽しく飲んだり。
好きなものだから長く続けられる、そんな長期的な応援です。

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おおつち ありがとうロックフェスティバル <4/4>

大槌町のガイドをしている臼澤さんに、震災当時の様子、津波のこと、
町のことなどのお話を伺い、町長を含む大勢の職員が被害に遭った町役場で
手を合わせる機会もいただきました。

大槌は津波の町です。この言葉から始まった彼の話。
大槌は昔から何度も何度も津波に遭っているということ。
だから町の人たちは皆、津波が来ることを知っていたこと。
逆に津波に慣れてしまっていたこと。

町役場の場所から海が見えます。しかし、住宅が立ち並んでいた時には海は見えず、
海が近いことさえも忘れてしまっていた。

津波はコップの水が溢れるように近付いて来た、と仰ってました。

町役場の時計は、3:24で止まっています。津波が来た時間。
町役場のそばにある建物の時計は2:49でした。おそらく地震の揺れで止まったもの。
この間30分。
大槌町は海と山に囲まれていて、高台も比較的近くにあります。
30分あれば高台まで逃げれたはず。

しかし、高台への遊歩道は急勾配で、お年寄りが登るには厳しい。
お年寄りは高台の麓にあるお寺に逃げ込んだのだそう。
実はこのお寺の辺りは「ここまで津波が来たら大槌は終わる」と言われていた場所。
逆に言うとここまでは津波は来ないはずだと思われていたこと。
実際には、今回の津波はそこをも呑み込むほどの大きさで、遥か1kmほど
内陸まで到達したのだそう。


大槌町は、現在6mの堤防を14.5mにする計画があって、これを聞いたおばあさんが、
刑務所の中に町があるみたいだと言ったのだそう。
今まで綺麗な海が見えていた町が、高い塀で囲まれてしまう。

どんなに高い堤防を作っても、結局は人間の作ったものは自然には勝てないと、臼澤さん。
それよりも大事なことは、まず逃げること。大切な人の手をしっかり握って逃げること。
そして、そのことをきちんと伝えていくことが重要なんだと。
臼澤さんの言葉は、ズシンと心に響きました。


今、大槌では町役場を残すか残さないかが協議されています。
他の被災地でも同じような話を聞きます。
町にはその姿を見るだけでも辛い思いをする人たちがたくさんいます。
しかし、子どもや孫、後世に伝えるには、きちんと残すべきではないか。
象徴的な物・大きな物には、それだけ伝える力もあるのもまた事実です。

これはとても難しい選択。答えを出すにはそれなりの時間も必要だと思います。
私としては、まだまだ大きな傷を抱えた人がいる間は、一刻も早く撤去して
気持ちを楽にしてあげたいし、でも、広島の原爆ドームがそうであったように
長期的には残す価値があるのではと思っています。
できることなら、建物ごとどこか被災地ではない場所に移して、10年後20年後に
元の町に戻せたらと、そんな妄想さえしてしてしまいます。

町の人たちは、様々な葛藤の中で、残すかどうかの決断を迫られています。


私はかつての大槌町を知らないのです。名前すら震災後に初めて知ったくらい。
そんな私には、過去の写真や映像がとても有り難く、それを頼りに、
以前はどんな町だったのかなと想像してみたりします。
臼澤さんも、いくつかの写真を見せながら、町の憩いの場であった公園などの
説明をしてくれました。

大槌町に興味を持つきっかけとなった「槌音」
大久保監督という大槌町出身の若い監督が制作した映像。
震災前のお祭りの様子が映ったビデオテープと震災後に自身で撮った町の様子。
対比させるように映し出すその映像を見て、その時に大槌の人の話も聞いて、
すごく大槌に行ってみたいと思いました。

だけど、今回町の人から、槌音を見た時に気持ちが悪くなったと聞いた時は、
彼らの心の痛みはとても想像もつかないものだと、改めて気づかされました。


現地に行って、自分の目で見て、感じられることは大きい。
何もない町の中に立つと、胸がぎゅっと掴まれたように苦しくもなるけど、
それでも何度足を運んでも、実際に体験していない私には、見える部分からだけでは
分からないことの方がずっと多い。

だから、町の人の生の声だったり、震災の様子を聞けることは、すごく貴重です。
そういう話はすぐ涙が出て来ちゃうし、話を聞いたからと言って、彼らの気持ちを
理解することは到底できるはずもないのだけど。
でも、町のことを知るとその町が好きになるし、町の人と関わるとその人たちに
逢いにいきたくなる。

今回も逢いに行きたい人たちが増えました。
だからまた大槌へ行きますよ。

おおつち ありがとうロックフェスティバル <3/4>

おおつち ありがとうロックフェスティバル」(ありフェス)は、
応援してくれる世界中の人たちへ「ありがとう」の気持ちを伝えたくて
大槌町の若者を中心に企画され、町の人たちを巻き込んでいったそう。

当日は高校生が焼いた2000枚のスマイルクッキーが配られ
漁師さんたちからはウニが1000人分ふるまわれました。
ありがとうロックフェスティバルの最後を飾った600発の花火は
大槌町の人たちから集まった寄付で打ち上げられたもの。

自分たちの手で全てやりたいという想いから、当初は外部からのボランティアも
受け付けないつもりだったようです。

ありフェス実行委員長の古舘王士さんのメッセージ。熱い想いが伝わってきます。
http://www.arifes.jp/message.html


ファイナルのステージ、「RIA+ノリシゲ」さんのライブを見ることができました。
最後の最後の曲「歩きましょう」は、震災直後に大槌町で作られた歌だそう。
心にすっと入ってくる優しい歌詞とメロディの、とても素敵な歌でした。

大槌高校のブラスバンド部の子たち、イベントの運営スタッフたち、関係者全員が
ステージに集まってのライブは、会場のエネルギーもすごくて、歌の内容はもちろん、
その雰囲気にすっかり聴き入ってしまったし、思わず泣いてしまいました。

その時の映像。『歩きましょう』は34:40~。


Video streaming by Ustream
ありフェスは、全てが初めての中で、何もない中で、大槌町の人たちがみんなで
作り上げたイベントです。
とにかく若者が声をあげて始まったこと。町の人たちを中心に運営できたこと。
イベントの規模とか質以上に、実施できたことの意味はもっとずっと大きいです。

後夜祭のBBQの時にサプライズとして、実行委員長の古舘さんへ贈られた言葉。
「王士君 StandingStanding ありがとう。この大槌は若者が創る。」
この言葉にたくさんの想いが集約されている気がします。

ありフェスのお手伝いができたこと、この瞬間にこの場所にいれたこと、
とても幸せだなって思います。

今回のありフェスは第0回。来年以降も期待です。


朝日新聞デジタルで、ありフェス実施までのストーリーが紹介されています。
たくさんの人たちの想い繋がって、ありフェスは生まれました。
3.11その時 そして: ロックフェス・1
3.11その時 そして: ロックフェス・2
3.11その時 そして: ロックフェス・3
3.11その時 そして: ロックフェス・4
3.11その時 そして: ロックフェス・5
3.11その時 そして: ロックフェス・6
3.11その時 そして: ロックフェス・7
3.11その時 そして: ロックフェス・8
3.11その時 そして: ロックフェス・9

おおつち ありがとうロックフェスティバル <2/4>

吉里吉里(きりきり)海岸は、大槌町で唯一残った砂浜です。
浪板(なみいた)海岸というサーファーにも人気の海岸もあったのですが
震災で地盤が1m下がったことで、砂浜がなくなってしまったのだそう。

吉里吉里海岸も、ぱっと見はとても美しい海岸でした。
でも、砂の中には津波で流されてきた石やお茶碗の欠片などがたくさん埋まっているし、
海の中にもまだまだ瓦礫があるんだそうです。
少し視線を横にずらすと、奥の方に膨大な量の瓦礫が積んであるのも目に入ります。
子どもたちが裸足で安全に遊べるようにと、清掃活動が続いています。

清掃活動は、砂浜をまず1.5m掘り、掘った砂を篩にかける作業です。簡単に聞こえますが、
午前中いっぱいかけて砂を掘り、午後はひたすら掘った砂をふるいます。肉体的にも
なかなか重労働で、大人20人がかりでも進めるのは1日わずかに2-3メートル程度。

私たちが行った6月末でようやく海岸の半分くらいまで来たところでした。
この作業を今後も続け、更に何往復か繰り返していくのだそうです。
気が遠くなるような作業ですが、敢えて重機も入れず、こうして少しずつ少しずつ
進めていくことが、吉里吉里の海を守ることに繋がるし、町の人たちへの気持ちにも
寄り添った活動なんですね。

arifes2012 (10) arifes2012 (6)

私はと言えば、日頃の運動不足もあり、背中からお尻にかけてピキピキと筋肉痛に。
3日間くらいは(止むを得ず)背筋がピンと伸びたことは、ある意味メリットかも。
と、良すぎるくらいのお天気で、相当のデトックス効果もあったはず(笑)

体力的にはややキツい内容でしたが、綺麗になった吉里吉里を見てみたいから、
時間が合ったらまた参加してみたいです。
次は地元の人たちもたくさんいる中で、一緒に活動できたらいいなぁ。
と思うのは、2つ理由があって、
一つは、町の人たちがこういった活動に参加できるようになると、
時間的にも気持ち的にも余裕が出てきたんだなって思えるから。
そして、町の復興は最終的には住民たちでしかできなくて、
外からのボランティアにできるのは一緒に応援することだけなので。


吉里吉里という名前の由来は、踏むとキリキリ鳴る鳴き砂だという説と、
アイヌ語の「白い砂」と2つの説があるそうです。

砂浜は本当に真っ白で、どこまでも透明で青い海が印象的な海岸でした。
この海岸で、元気に走ったり泳いだりしている子どもたちの姿を
見られる日が待ち遠しいです。

IMG_1194.jpg IMG_1195.jpg
吉里吉里の海はこんなに綺麗です。
右の写真の山の手前にある3つの小山は瓦礫が積まれたもの。

おおつち ありがとうロックフェスティバル <1/4>

6月28日~7月1日に、かながわ(ksvn)の『絆めぐりバス』で大槌町へ行ってきました。
帰ってから随分経っているのに、書きたいことがいっぱいありすぎて全然まとまらず、
ブログ書くのが遅くなってしまいました。長いので、内容別に分割してアップします。


『絆めぐりバス』は、ボランティア活動だけでなく、現地の人たちとの交流や
もっと町を知るためのスタディツアーが組み込まれています。
今回は、大槌町の「ありがとうロックフェスティバル」(ありフェス)に
合わせて運行されました。

3日間で、吉里吉里海岸の清掃、ありフェス運営お手伝い、現地ガイドの方に
案内してもらう大槌町スタディツアーと、盛りだくさんの内容に満腹。
参加できて本当に良かったと思います。

宿泊先の『きらりベース』は、GWに片付けのお手伝いをした場所だったので、
もう一度行きたいと思っていました。きらりのスタッフさんたちにもまたお逢いできたし、
大槌の人たち、一緒に活動した仲間たち、たくさんの素敵な出逢いもありました。
このご縁大切にしたいし、またどこかで一緒に活動できたらいいなと思っています。

IMG_1201.jpg IMG_1204.jpg
校舎の上と入口に「きらりベース」の文字が。電気も引かれ、入口にドアも付いていました。
右は朝のきらりベース周辺からの景色。

IMG_1191.jpg IMG_1232.jpg
滞在中何度もお世話になった「おらが大槌復興食堂」と日替わり海鮮丼。
何食べてもどれも美味しかったです。何と言っても、朝からホカホカのご飯と
お味噌汁を用意して頂けたことは幸せでした。

arifes2012 (52)
最終日の朝の集合写真。復興食堂の方やありフェス実行委員長の古館さんも一緒に。
ありフェスが無事終わって、みんないい笑顔をしています。

07/13のツイートまとめ

meguccio

日曜日に女川で流しそうめん&足湯してきました。おちゃっこ隊のブログ更新しました。http://t.co/W5ukXUkL
07-13 11:40

07/04のツイートまとめ

meguccio

【おちゃっこ隊からのご報告】なんと嬉しいことに、ボラサポの助成を受けられることになりました。ここまで続けてこれたのも、いつも応援してくれている皆さまのお陰です。どうもありがとうございます。 http://t.co/Bv4j0aVZ
07-04 00:37

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